<くちびると蜜・後>




それまで指先で触れていたラクシの背に、直接ティーエは唇で触れた。
指先とは全く異なるその感触に、ラクシは驚いて振り解こうとする…が、自らの背に、じっとりと唇と、 そしてその舌を這わせているティーエの、何とも言えない官能的な姿に、ラクシは身動きが取れなくなった。
これはいつものティーじゃない。
宝石のような稀有な瞳は、欲情に曇ってしまっている。だが、それは醜くもなんとも無く…むしろ、くらくらと目眩がする程に、 色っぽく感じられた。
「動かないで…そのままで」
背に塗り広げた蜂蜜を、すっかり舐め取ってしまうまで、ティーエはラクシの肌に唇と舌を這わせ続けた。
それは甘美な痛みを伴う拷問のようだった。
ラクシの身体の芯が、じんわりと熱を帯びて来る。だが、それを訴えようとしても、口から飛び出すのは抗議の言葉では無く、 自分でも驚く程の甘い吐息だけ。
やがてティーエはすっかり蜂蜜を舐めきってしまうと、本来マッサージ用の蜂蜜を拭き取るために用意していた濡れた布で、 ラクシの背中を丁寧に拭いた。
そしてその身体を、ころんとひっくり返す。
露わになった乳房を隠そうと、咄嗟に胸元を両手で覆ったラクシであったが、ティーエの身体が覆い被さり、 その唇を吸われた時点で、身体の力が抜けるような錯覚を覚えた。
深く口づけた唇が離れると、潤んだ瞳のティーエと視線が絡み合う。 両目を欲情に潤ませたティーエの色違いの瞳に、ラクシは今更ながらに…本当に今更だが…顔に血が昇るのを感じた。
きっと自分の顔は真っ赤になっているに違いない。そんな顔を見られるのが恥ずかしくて、ラクシはティーエから顔を背けた。
「ここにはわたしとあなたしかいません。隠す必要は…ないでしょう?」
行き場を無くしたラクシの手を、ティーエはそっと、優しく掴んだ。欲情に全身を支配されているにも関わらず、 そんな仕草は相変わらず優しくて。
思わずラクシが呆然と見惚れてしまうような、ティーエの仕草。指の長い白い手が、自分の手を掴み、 そっと桜色の唇に押し当てる。そして、悪戯っぽい瞳で、ラクシをちらりと見た。
翻弄されていると、ラクシは感じた。
惚れた弱味…とはよく言ったものだが、まさしく今のラクシは、ティーエの一挙一動に翻弄されるかよわき少女であった。
そしてそのティーエは、恥じらい、戸惑いを見せるラクシを、心底愛しそうな瞳で見ているのだ。
愛情と欲情の微妙なバランスの上に立つ、ティーエ。そんな恋人が、少しだけ憎らしくもあり…そして、 心の何処かで、その熱情の虜にされたいと願っている自分がいることに、ラクシは気付いていた。

愛してる。
誰よりも誰よりも、ティーエを愛してる。

絡まり合った指先から、ラクシの複雑な乙女心がティーエに伝わって来る。
恋人に対する苛つきは、普段なら不快に感じる感情であるのに、ラクシのそれは不快では無かった。
むしろ、何処までも愛しい。そして、その心と身体ごと、自分の腕の中に閉じ込めてしまいたくなる。

わたしだって、あなたを愛している。
そう、誰よりも誰よりも。
ただ、あなたと違うのは…わたしは、あなたを他の誰にも渡したくは無いということ。

愚かしい独占欲なのかもしれないと、ティーエは内心自嘲した。だが、これだけは絶対に譲るつもりはなかった。
今でこそ星神殿の大祭司に納まっている、水の貴公子カリスウェン…、そして、その弟であるキリ。
彼らが、ラクシに対して好意を抱いている事は知っている。だが、自分の恋人に、他の異性から寄せられる好意は、 ティーエにとっては邪魔以外の何物でも無かった。
恋情は、他者から向けられる必要など無いのだ。
それがカリスウェンであれ、キリであれ。そしてティーエに好意を寄せたままのレイトリンすら例外では無かった。
心を通わせたドラスウェルクも、いつラクシに“恋心”を抱くか解らない。
そんな不安を抱かせる存在など、自分とラクシの間には、無くて良いのだ。

愛している愛している。
この心が壊れそうになるくらい、わたしはあなたを求めている。

恋が…愛情が、これ程までに激しいものであるとは、ティーエは予想だにしていなかった。
恋の炎に身を焦がす感覚は甘美であり、だが激しい痛みも伴った。
キリキリと締め上げられるような自分のこころ。
その痛みを、傷を癒してくれるのは、愛しいラクシ以外にはあり得ない。
だからティーエは、狂おしい程にラクシを求めた。
再び花弁のような唇に、深く唇を重ね、絡み合わせた指をそっと解き、ラクシの素肌に触れてゆく。
ゆっくりと、だが確実にその肌を愛でる事により、ラクシの身体は蜜を滴らせる大輪の花のように、ティーエを迎え入れる事を、 初めての情交の後に、ティーエは知った。
美しい恋人。誰にも渡さない。
ゆっくりと花開いてゆく甘い吐息を頭上で感じながら、ティーエは柔らかな乳房の蕾を、そっと口に含んだ。

自らの中で荒れ狂う激情を宥めながら、ティーエは潤みきったラクシの中に潜り込む。
柔らかく、だが蕩けるように迎え入れるラクシは、恍惚とした表情で、ティーエの胸にすがり付いて来る。
その手を自分の首に回させながら、ティーエはラクシを狂おしく求める。
熱い。融けてしまいそうに、熱い。
ティーエの白い額に浮かんだ汗が、その動きに合わせてぽとりとラクシの首筋に落ちる。
「すき…」
うわごとのように囁くラクシの耳朶を甘噛みしながら、ティーエも掠れた声で囁く。
「あいしてる…」
低く掠れた声は妖艶で、ラクシは小さく叫び声を洩らす。いやいやをするように頭を振り、 一層強くティーエに抱きついたラクシは、高みに昇りつめてしまったらしい。
そんな恋人の後を追うように、ティーエもまた、高みに昇りつめる。
愛しい恋人をその腕に抱きしめたままで。

情事の後、ラクシはティーエの視線を避ける癖がある。
それが恥じらいによるものであることは、肌を重ねたティーエは承知していた。 だが、今日はそんなラクシを後ろから抱きしめ、耳元で囁く。
「蜂蜜、お好きですか」
「…それ、おまえがほとんど舐めちゃったじゃないか」
ラクシの言いたいのは、マッサージ用に彼女の背中に塗った蜂蜜の事である。 それに気付いたティーエは、思わず噴き出した。
「あ、笑った!」
「甘かったですよ、でも」
ティーエはくすくすと笑いながら言う。
「あなたの方が、蜂蜜より美味しかったです」
また手に入れて来ますね、と続けるティーエに、ラクシは顔を真っ赤にして、ばか!と呟いた。

それから数日後、蜂蜜入りの小さな壺を手にしたティーエの姿に、ラクシは思わず目眩を感じたのは言うまでも無い。


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…馬鹿ップルです。どう見ても(苦笑)。
ただ単にいちゃついてるだけです。絡みが書きたかったので、こういうお話になりました。
話の流れとしては、表の「きみがすきだよ」「月の満ちる頃」の続編とでもいう位置付けでしょうか。
確信犯エロのティーエです。やっぱり少々黒い(笑)。
しかしヌルイとはいえ、エロを書けたので、自分としては少し満足しました。

(2006年07月18日)







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