<世界が中心で萌えを叫ぶ>




天変地異なんぞ怖くない。
吹っ切った男の笑顔は、いやに晴れやかであった。

にっこり笑った青年は素晴らしい美形さんである。
絶世の美女も裸足で逃げ出す、完璧な美人さんである。だがあくまで男。
いくら両眸の色が深い緑と明るい紫という、世にも有り得ないような奇跡的な取り合わせでも。
透き通るように白い、まるで雪花石膏のような肌の持ち主でも。
金茶色の、さらさらと癖の無い、美しい長い髪であろうとも。
彼はれっきとした男であった。しかも、健康的な思春期真っ盛りの。
…いや、それをほんの少し過ぎたくらいの、至って健康的な『男の子』であった。

一点の曇りも無いような笑顔は、却って恐ろしい事に、ラクシはこの歳になって初めて気付かされた。
ティーエの表情のパターンといえば、憂い顔・泣き顔・少々複雑な顔・晴れやかな笑顔…と あまりバリエーション豊富ではないことは、重々承知しているつもりだった。
そこそこ長い付き合いになれば、大体行動パターンも読めて来る。
しかし、この日のティーエはいつもと様子が異なった。
明らかに、今までの規格外の笑顔なのである。しかも張り切っている様子が伝わってくるのだから、 ラクシは言いようの無い不安に襲われたのである。

これは何か良くない事の前触れである。

霊視の力を持っていなくても、それなりに勘の鋭い方であると、ラクシは自負している。
その動物的直感が、今のティーエは非常に危険だと感じているのだ。
体中の毛(とは言っても毛深い方では決して無いので、全身の産毛だが)が、総毛立つのをラクシは感じた。
ほとんど身の危険を感じた猫のようである。

そんな猫状態の彼女に、満面の笑みを浮かべたティーエは、その優美で繊細な手をすっと差し出した。
「出掛けましょうか」
差し出した手を取れと言わんばかりに、軽く翻して見せるティーエは、笑顔のまま無言の圧力を掛けて来る。
頭文字ヤの自由業に凄まれた方が、余程ましというものである…こういう場合に限っては。
笑顔の圧力が、最も性質が悪いものであるからである。

「何処に?」
「ちょっとそこまで」
ティーエの言う『ちょっとそこまで』は、本当の意味での近くまででは無い事は、ラクシは今までの経験から熟知している。
しかし、誰かを連れて『ちょっとそこまで』行った事は無い…と思う。
何処に連れて行くつもりなのか。ラクシの疑いの眼差しを真正面から受けて、ティーエはこれまた晴れやかに微笑んだ。
笑顔だけなら女神の微笑みである。中味はどうなのかは、知らないが。

「どうやって行くつもりなの」
「あれがあったでしょう」
ティーエの言う『あれ』とは、キント雲ならぬ、ケントウリ族の銀色の雲のような乗り物の事であろう。
あんな…半神族の秘密兵器のようなものを、私用で持ち出したりして良いのだろうか。そんなラクシの問うような視線に、 ティーエはにっこりと微笑む。
「大丈夫です。しばらく自由に使っても良いそうですから」
…どうやって交渉したのかは激しく気になるところだか、その交渉の仕方を考えてもキリが無いので (というよりも考えたくも無かったので)、ラクシは大人しくティーエのお供をする事にした。
ティーエは軽く口笛を吹く。
空中に軽く紋様を描くと、銀色の雲のような乗り物が登場した。その素早さはまるでタクシーのようである。
その得体の知れないモノに、ティーエはラクシの手を取って、さっさと乗り込むのであった。
足元がやたらとふわふわとする。その不安定な感覚に、ラクシは居心地が悪そうに、思わずティーエに縋り付く。 ティーエはその身体を軽く抱き寄せ、『乗り物』に向かい、行き先を命じたのであった。
行き先は…大陸のど真ん中に位置する、中央山岳地帯の、とある山の頂であった。

海抜がそれなりにある山岳地帯の頂は、やはりそれなりに気温も低いものである。
というより、寒い。少なくとも、亜熱帯仕様の衣服を纏っているラクシには、ことさら寒さが身にこたえた。
「うう…さむっ」
自分の肩を抱いて震えるラクシの身体を、ティーエは外套ですっぽり包んでしまう。
「少しは寒くなくなりましたか?」
「う…ん、ありがと…」
照れて目線を合わせようとしないラクシに、ティーエは足元に広がる絶景を見るように、それとなく促した。
まさしく絶景。遥か彼方、大陸の隅々まで見渡せるのではないかと思うくらいに、それは壮大な光景が広がっていた。
遠くに見える茶色のものは、砂漠だろうか。
「すっごい…」
「これを、あなたに見せたかったんです」
肩を抱いたまま呟くティーエの横顔を、ラクシは見上げた。思わず頬が赤くなるのを感じながら、 ラクシはそれを悟られまいとして、ティーエの衣服をギュッと掴んだ。
「ん、ありがと…」
ふたりの間に、ふんわりとした恋人同士の雰囲気が漂う。

そこまでは良かったのだ。

「でもね」
と、ティーエは突然切り出す。
「こういう見晴らしの良い所に来ると、思わず何かを叫びたくなるんですよ」
甘やかな雰囲気を一瞬にして霧散させるようなその発言に、ラクシは思わず己が耳を疑った。
聞き違いだろうか。そうで無いならば、それは…。
何と何とやらは高いところが好き。
そう思った矢先に、ティーエは突然、山の頂から、その身体の何処から出ているのかと思うような大声で、叫んだのであった。

「どれほどあなたに焦がれたか!好きですっ!!」
愛の告白には違いない。が…その大声に、紛れも無く目眩を起こしかけて、危うく足元を踏み外しそうになるラクシであった。
その後、何処かで遠く、地鳴りがしたような気がした。


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高いところで取り合えず叫んでみる、人間の性(笑)。
ティーエに当てはまるかどうかは分かりませんが、取り合えず叫ばせてみました。
「世界の中心で愛を叫ぶ」ようでいて、「世界(ティーエ)が(大陸の)中心で(ラクシに対する)萌えを叫ぶ」なのです。
何処かで地鳴りがしていますが、気にしないということで(おい)。

ちなみにティーエの絶叫の元ネタは「霧のミラノ」(2005年宝塚歌劇団)の主役の台詞より。
当時、笑いの台詞として有名でした。
(「どれ程君に焦がれたか今宵一晩中語ってやる…好きだ!」だったような)

(2006年04月24日)







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