<月の満ちる頃>
どこにいるの。
どこにいるの?
ここは暗くて何も見えない。
あなたが何処に居るのかも判らない。
誰かが自分を呼んだ声が気がして、ティーエは目を覚ました。
はっとして隣を見れば、そこにいるはずの恋人の姿が無い。
何処に行った?こんな真夜中に。
寝台の上の温もりは既に冷え切り、腕の中の感覚も残ってはいなかった。
何時出て行ったのか。何故出て行ったのか?
ティーエの心に影が差す。
何処にいるの、何処にいるの。
不安の渦の中に叩き落された幼子のように、ティーエはよろめきながら、自室の外へと彷徨い出た。
ふらつく足取り。
それは寝起きのせいでは無い事は、ティーエ自身がよく判っていた。
不安で堪らないのだ。いつも傍にいるはずの恋人が、自分の手元から離れてしまっている事が。
誰にも渡したくは無い。誰の腕にも抱かせない。
そんな愛しいひとが、今はいない。
不安で不安で堪らない。叫び出したい程に不安で切ない。
『何処』
『わたしを呼んで』
『声を聞かせて』
ティーエの心は悲鳴を上げる。きりきりと締め上げられるような『痛み』に、心が傷付き、血を流す。
この傷を癒せるのは、愛しいひとただひとりなのに。
胸の痛みを感じ、ティーエは思わずその場に蹲った。
白い額に汗が滲む。じっとりとした、厭な汗。滅多に汗をかく事の無いティーエの額に浮かんだ玉のような汗は、
その白い肌を不快に濡らしていた。
苦しいのだ。心の痛みが、そのまま体の痛みに繋がっている。
胸元の衣服を握り締めた手が色を失う程、ティーエは強く手を握り締めた。
『応えて』
『わたしはここに』
『あなたはどこに』
しかし、呼べども呼べども、応えは無い。
誰が自分を呼んだのか。
いとしいひとが呼んだのでは無かったのだろうか?
ティーエが荒い息を吐きながら、ふと上を見上げると、天空には金色の月が昇っていた。
黄金色の月に、ティーエはそっと語りかける。わたしのいとしいひとは、何処にいるのかと。
(教えてあげよう、愛しい子よ)
黄金の月はそっと囁く。ティーエはその身を委ねるように、月に向かって傅いた。
(お前の大切なものは、すぐ傍に)
(その手を伸ばせば届くところに)
(視えぬのはお前の心)
(目で、その手で触れるのだ)
(お前は人の子なのだから)
木霊のように囁く、黄金の月。
お前は人の子。『心の目』のみで見ずに、その目で実際に見るが良い。そう言われて、ティーエは力無く項垂れた。
精霊と話をするのが当然だと思っていた。
霊魂が視えるのが当然だと思っていた。
だがそれは、普通の人間の営みとは直接関わりの無い事だ。
だからたとえばこんな風に…愛しいひとすら、探す事も出来ないのだ。
『わたしは、どうすれば良いのか』
長い睫毛を伏せたティーエの肩に、そっと優しく触れた、やわらかな感触。
一瞬遅れて鼻腔に飛び込んで来る、花のような匂い。
「ティー?」
その声は、暗闇を手探りで探し求めた、愛しいひとのもの。
ティーエは振向き、その華奢な体をしっかりと抱き締めた。
手で触れる。
匂いで感じる。
その目で見て、その存在を確かめる。
それはとても単純で、けれども忘れがちな事。
心が寄り添っていても、つい忘れてしまいそうな事…。
「あなたは、わたしの傍にいたのですね」
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…「ただ何となく」な話で申し訳無いです。
久々に書いたらこの始末に(汗)。
苦しむティーエを書こうとして、玉砕した感じがします。
ティーエというひとは、モノを見る時に眼を使っていないような感じがするので、このような妙な話になりました。
第六感ばかりではなく、五感をフルに使いましょう。そういった意味を込めて。
ちなみに彼女はラクシです(当然ながら)。
そして、実は同衾していた事に、誰か突っ込んでやって下さいませ(苦笑)。
タイトルは「王家に捧ぐ歌」(2003年・宝塚歌劇団)の中の曲より。
(2006年07月12日)
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