<今、君を愛す>
体の中には、確かに流れる血がある。
しっかりと脈を刻む、鼓動がある。
そして、決して高くは無いが…体温が確かにある。
そう、自分は生きているのだ。
自分の肩を両腕で抱き締め、それを自覚する。
生きている。
だからこそ、愛しいひとを、この腕に抱く事が出来る。
彼女をしっかりとこの腕で、胸に抱き締めた時に…互いの鼓動が、時に重なり合うように感じる事がある。
そしてまた気付く。彼女もまた、確かに生きているのだと。
互いに、失われたかもしれない命かもしれないと思うと、ティーエの背筋を冷たいものが伝い落ちる。
絶望のあまりに、自らの命を絶とうとした、誰よりも愛しい、大切なひと。
そして、大陸のために、命を賭けた自分。もしかしたら、この命は無かったかもしれない…
命を捨てるつもりは無かったとはいえど。
それを思うと、抱き締め合っている互いの体が、堪らなく愛しく思えるのは、ティーエだけではあるまい。
腕の中にしっかりと抱き締めた愛しいひと…ラクシも同様であろう。
(あなた無しでは、わたしはもう…生きられないのかもしれない)
今までは違った。だが、これからは…。
互いに心を通わせ、寄り添い合った魂が引き裂かれては、自分はおそらく生きられないだろうと、ティーエは思う。
対となる存在。
胸に空いた空虚を埋める存在。
そして、自分に生きるという力を与えてくれる、命の泉のようなひと。
ティーエにとってのラクシの存在は、それ程までに、日を重ねる毎に、大きくなっていくのだ。
だからこそ、誰にも渡さない、渡せない。
離せない、離さない。
繋いだ手を離すつもりなど、ティーエには無かった。
彼女がたとえ、自分を拒んだとしても…それでは自分は生きてはいけないからだ。
つくづく勝手な想いだと、ティーエは思う。
これは独占欲。誰にもラクシを渡したくなくて…駄々をこねる子供のようだと、薄く笑った。
否、自分は子供なのかもしれない。
生きているという意識すら希薄な、仙人のように育てられ、『世界』として生まれた運命を果たすための人形だった自分に、
人間として生きるという事を教えてくれたのは、他ならぬ彼女…ラクシだ。
未だに、感情の制御は完全では無い。そんな子供のような自分に、ある意味母のように寄り添ってくれるのも、
恋人である彼女しか、彼には存在しなかった。
「あなたには、わたしの心はわからないかもしれませんね」
「おれの考えていることはティーに筒抜けなのに?」
苦く笑ったティーエに、照れて怒ったラクシは頬を膨らませた。
そんな何気無い…本当に、何気無い日常の仕草が、ティーエには堪らなく愛しかった。
生きている。
自分と彼女は、確かに生きているのだと、実感するからだ。
「わからない、というのは…そういうことではなくて」
「どういうことなのさ」
「わたしの心の汚いところが、たぶん、あなたには解らないということです」
だってあなたには、そういうところが全くありませんから。そう付け加えると、ラクシの頬が、ぱっと朱に染まった。
「あなたの心はとても綺麗で…わたしには、少しだけ…眩しい」
花のようなオーラを纏うひと。その花は清らかで、踏みにじられても決して誇りを失わない、そんな高潔な魂の持ち主なのだ。
それが、ティーエには眩しく感じられたのだ。
けれど。
その眩しい光に、照らされるのは不快では無かった。むしろ、心地良いともいえた。
彼女の魂の放つ輝きが、自分に生きる力を与える。希望を与えてくれる。
命の泉。ティーエにとってのラクシは、まさにそんな存在だった。
「わたしから、離れないでいてくれますか」
「おまえは危なっかしいから」
ラクシが、はにかんだように笑う。ティーエはそれを、眩しそうに、また愛しそうに目を細めて眺めていたが、
不意に彼女の細い顎を指で上向かせると、そっとその花弁のような小さな唇に、自らのそれを寄せた。
愛している。誰よりも。
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タイトルをどうしようかと思った話ですが、結局これにしました。
元ネタは、ALWの「オペラ座の怪人」の「All I ask of you」の劇団四季版の歌詞からです。
第一幕最後のデュエットの締めの歌詞が「今君を愛す」なんです。
何度か重複表現がありますが、ティーエにとってのラクシの存在とは、こういったものではないか…と
私は思うのですが、どうなんでしょうね?
なくてはならないもの、手放せないもの。
かけがえのない存在、ティーエとラクシの関係は、そういった感じだと思っています。
(2006年07月30日)
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